スイカの果汁|ある日の看取りから

*この文章は、施設で実際に行われた看取りの場面をもとに、個人が特定されないよう再構成したものです。
(医務室スタッフ・記)


「おかあさん、スイカが好きだったんです」
ご家族からそう聞いたのは、看取りで施設に帰って来られた頃のことでした。意識レベルは徐々に低下し、ご家族に囲まれて過ごす穏やかで暖かな時間。

けれど、看護師として感じていました。

―――もう、意識が保たれる時間はわずかかもしれない、と。

このご利用者には、不定期的に吸引が必要でした。病院では日常の処置でも、施設という「暮らしの場」においては、そのひとつひとつが高いハードルになります。窒息しそうになり、なんとか一命をとりとめたあの日のことは、今も記憶に深く刻まれています。

そんな日々を超えて、ご家族はたくさん悩まれたのだと思います。
「もう苦しませたくない」「じゅうぶん生きさせてもらった」「最期を満寿園で穏やかに送ってあげたい」

医療か、延命か、苦痛緩和か、生活かーー

どれを選択したとしても、「正解」かどうかは分かりません。
ただ、ご家族は「この場所で見送る」ことを選ばれました。覚悟を持って、看取りという選択をされました。
そして、再び私たちの施設へと帰ってこられたのです。

「最期まで、人として大切にされていると感じてほしい」
「家族がここで看取ってよかったと思えるようにしたい」

そう願いながら、私たちはその時間に寄り添っていました。

 

―――もう、意識が保たれる時間はわずかかもしれない、と考えたとき、ふと
「スイカだ・・・」と浮かびました。

「今なら、まだスイカの果汁を舌で味わうことができるかもしれません」
そうご家族にお伝えすると、「スイカ・・・買ってきます!!」と急いで外へ出ていかれました。

届いたスイカを介護職が果汁にし、極々少量を舌の上にそっとのせました。
その瞬間、わずかに顔の筋肉が動いたように見えました。

まるで「わかったよ」と応えてくれているかのように。

その時、その部屋には、施設長、相談員、栄養士・・・・、たくさんのスタッフが集まっていました。
それぞれが「その人の人生の最期に寄り添いたい」と思っていたのです。

施設での看取りは、決して看護師だけの力ではできません。介護職やその他多くの職種の力があってこそ、命の最期までその人らしく過ごしていただける。私たち看護師は、そのケアの後ろ盾であり、見えないところで支える役割です。

こうした「ひとつの命にみんなで向き合う時間」があること。それは、施設ならではの豊かさだと思います。

その方は、人生の最期の「食事」をみんなに見守られながら終えました。静かで尊い時間でした。
私たちが届けたものは、きっとスイカの果汁だけではなかったはずです。
「長い人生、お疲れ様でした」
そんな想いも、舌の先に、心の奥に、届いてくれていたら・・・、そう願っています。

数日後、たくさんの時間を積み重ねた人生に、ゆっくりとその歩みを終えられました。
ご家族より「ありがとうございました。本当によくしていただきました」とのお言葉いただいたとき、ご家族を支援することもできたのかも知れない・・・とそっと安堵します。

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